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研修医日記

透析医療の現状を疑問に思い腎臓内科医になる事にしました。

『日本において医師の業務プロセスの効率化・自動化が決定的に遅れている』  

 先日まで腎臓内科、膠原病、糖尿病をローテートしておりました。将来、腎臓内科になることもあり結構な気合を入れて臨んだローテートだった訳で、多くの勉強ができた充実感と共に反省が多い1か月でした。

 

 上級医の後を追ってカルテを書くだけの1か月には絶対したくないと思ったので、最初の頃は5時には出勤して先回りをして上級医が来たときにはカルテだけでなく、ある程度の問題点の解決を根拠をもって説明できるようにしてやろうと思って望んだ矢先に様々な困難が押し寄せました。

 

 それは圧倒的な時間不足でした。

 

 冬ということもあり担当患者の数が多く30人程度になることもありました。仮に医師が12時間勤務すると、30人担当患者を持つと回診、処方出し、指示出し、カルテ記載、入院退院サマリ全てを含めた仕事を1人辺り20分で済ませなければなりません。そこにカンファレンスがあり、看護師、薬剤師からの電話が入ったり、当直があったり、急変したりします。いうまでもなく12時間で業務は終わらず、参考書を読んだり文献を読んだりする時間は全然取れませんでした。そこにすごくストレスを感じ始め3週目あたりからドンドン悪循環に陥ってしまいました。上級医になると、外来が入り、外科医だと手術も入り込みます。

 

 悪循環で結構な人に迷惑をかけ結構反省があった1か月だったのですが、敢えて自分のキャパの少なさを棚に上げることができるのであれば、

 

もっともっと業務の効率化・自動化が進んでほしいと強く願いました。

 

看護師、薬剤師などの電話は緊急性が無ければ、LINEのメッセージ機能を使用して行えると大分効率化されます。電話は一旦乗りかけた仕事のペースを一気に遮断します。患者Aのことをしている最中に患者Bのことを電話されるとカルテを切り替えて対応するのに数分はかかってしまいます。正直、PHSiphoneにして医師、看護師、薬剤師すべてに持たせたらどんなに楽にコミュニケーションとれると思うと希望を感じてしまいます。

 

www.keyman.or.jp

 

紹介状などもすごく時間を食います。先月研修に行ったアメリカのオハイオの病院では診療所と中核病院がカルテを連動していたため、診療所の検査結果をみることができます。それに対して、日本では診療所に電話をして、検査データーをFAXで送ってもらい、スキャンした上で、その文をいちいち手書きで打ち直して、入院サマリを書いています。

 

参考:

www.recruit-dc.co.jp

 

電子カルテに関してもまだまだ改善することがいっぱいあります。私たちのような若い世代はまだしも、年配の先生は右手と左手の人差し指だけで一生懸命電子カルテを記載しています。そんなところにAmi Voice Clinicのような音声でカルテ記載するソフトが導入されればどんなに楽なんだろうかを思ってしまいます。Ami Voiceに個人契約できないか現在問い合わせしております。

 

www.youtube.com

 

病院経営において、人件費は55%程度かかるといわれています。人件費削減のためにITの力を駆使すれば現場の医療関係者のみならず病院経営者にも良い影響を与えます。病院現場の需要とITエンジニアの交流会を開いて新しいアイデアが生まれるとよいと思います。

 

semba.keizai.biz

 

昔日本の医療現場を視察にきたアメリカの調査団が、疲弊する医師と看護師をみて、『日本の医療は医療者の犠牲的献身性で成り立っている』という風にコメントをしたという話があるように(実話??)、医療現場の雰囲気や根性論に流されず、頼れるものには頼って、本当に大事なことに時間を使えるようになる事を心から望んでいます。自分にできることは微々たるものですが、私自身がこれをほしいと思い、日本の病院現場のこれからに必要だと思った仕組みを作っている会社に投資することにします。

人工知能で医者はいらなくなるのか その2 〜人工知能で医者はもっと必要になる〜

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前回は人工知能の現状について、技術的にどんな事が可能で、どんなサービスが世の中に存在しているかという点について触れました。

 

korokorokoro196.hatenablog.com

 

 

ディープラーニングという技術革新により、人工知能の性能が急上昇して特定の分野では人間よりも能力を発揮できる段階にまで来ている事にも言及しました。医療現場でいうとゲノム解析やCTやMRI読影の領域では人間をすでに越えてようとしています。

 

しかしながら、人工知能はポテンシャルは秘めているものの、まだまだ未熟であり誰かが正しく教育しないと世間にインパクトを与えるようなツールにはならない事にも言及しました。

 

それを踏まえて、本題の『人工知能で医者はいらなくなるのか』という点について触れたいと思います。

 

結論から言うと医者の仕事は人工知能のおかげで増えていくと思います。

 

 

 

1:『知識の非対称性』の崩壊で医者がもっと必要になる。

 

医者は『知識の非対称性』でご飯を食べてます。『知識の非対称性』とは皆が知らない事を特定の人が知っている状況の事で、知っている人が知らない人へ情報を提供する事で対価を得る事が出来ます。医者はその典型例で、医学知識や経験を元に患者に必要な情報を提供します。

 

昔は医学知識は医療職のみが持っていましたが、インターネットがある現在、誰もが世界中の情報にアクセスできて自分の病気について調べる事ができます。『知識の非対称性の崩壊』により、テレビのコメンテーター達が医者の仕事はなくなると予言していました。しかし医療現場では逆の事が起きています。

 

 

何が起きているかというとインターネットを通じて、得た知識を元に、情報の真偽や今後どう暮らすべきか、何か良い方法はないかなど、様々な疑問を持って医療現場になだれ込んできてます。今まではアクセス出来なかった情報に世間の人が触れる事で、需要が喚起されている訳です。

 

 

こういう場合、多くの患者は医者から話を聞いて、『納得感』を得るために来院します。現段階では『納得感』を提供できるのはネットの話でも人工知能の話でもなく医者の話だと私は確信してます。

 

 

医療現場での『ネットや人工知能の話』と『医者の話』に対する納得感の違いは、寿司でいう『人工知能で完全に理論武装されたスシローの自信作』と『銀座のこの道60年の職人の自信作』に対する納得感の違いのようなものだと考えています。(少し乱暴でしょうか・・・?)

 

 

このような変化で、コンビニ受診が増えたという意見もありますが、私はpositiveに考えてます。

 

 

昔はいざという時に『先生にお任せします』と全て他人に委ねなくてならなかった自分の死や健康を自分自身でデザイン出来るになりました。医学が医者だけではなく皆の物になった訳です。

 

 

人工知能によって、もっともっと医学が世間にインフラ化されていく事が予想されます。ネットと違い、人工知能は『個別性』や『核心的な部分への追求』も提供できるため一見医者の仕事はなくなると思われがちですが、世間の医学に対する需要の幅はドンドン広がり、疑問も多様化していくでしょう。そんな時に医者は人間として、医学知識に加えて、過去に経験した症例や、自分自身の人生とか人間性を元に機械には出来ない価値を患者に提供していけば良いのです。

 

 

 

2:インターネットも人工知能も結局『責任』がとれない

 

『インターネットを見たら病院にいくように書いてあった。』

体調としてはそこまで問題が無いと本人も思っているにも関わらず、インターネットを見て受診を決めた患者さんが増えています。特に小児科領域ではその傾向が強く、(正しいデーターが見つからなかったため数字で示せませんが)少子化にも関わらず小児の時間外診療は増えているそうです。核家族化による社会的サポートの不足が主な原因と考えられていますが、一端としてインターネットによる影響が考えられているそうです。

 

 

実際調べてみたのですが、腹痛、頭痛などで検索するとほとんどのサイトには結局『すぐに医療機関に行くように』と書かれています。これをテレビのコメンテーターは『インターネットが不安を煽って不必要な救急受診を増やしている』と言っていましたが、私からするとやむおえない事だと思います。

 

 

どういう事かというと仮にそのページを年間で10000人みるとした場合、記載されている情報が0.01%外れるとすると年間に1人の健康や命に『責任』を負わなければなりません。0.01%の可能性まで潰そうとすると『〜の可能性もある』『〜の危険性もある』という文脈になってしまいます。最終的に『医療機関を受診してください』と言わざるおえません。『大丈夫です、自宅で経過をみましょう』なんて言える訳が無いのです。

 

それに対して、医者の場合『どんな名医でも14%は誤診する』と言われています。私自身、救急外来をやっていてヒヤヒヤした事なんていくらでもあります。救急外来の場合問診する時間も限られており、出来る検査も限られているので診断がつかない事なんて沢山あります。基本的にはclose follow up(緊密な経過観察)をして次の日の朝になりかかりつけや主治医になっている医師が勤務を始めるまでしっかり『責任』を取り何かあれば再び救急外来に来てもらう事になります。

 

 

結局、人の死や健康に『責任が取れる』のは現段階で『医者』しかいません。インターネットもそして人工知能も所詮『責任が取れない』のです。『責任が取れない』情報は医学の場合、不安を煽るものになりがちです。どんなに医学的に優れている情報も無責任である以上、情報を得た患者の納得感は得られないままです。結局最後は『医者』が必要になるでしょう。

 

 

3:良い医者の姿が変わる

 

今まで話をまとめると人工知能がどれだけ優れていても、結局医者が必要という話をしてきました。しかしながら結局人工知能の力なんて大した事がないのかと聞かれればそれは大間違いです。画像認識能力では2015年の地点で人間を越えており、診断能力も後数年で人間を越えていくと言われています。私達が一生懸命鑑別をあげたり、救急外来で本を見ながら調べたり、専門医に聞いたりすることが馬鹿馬鹿しくなるぐらい人工知能は一瞬でミスなく答えを導きます。

 

 

知っている事自体に価値が無くなるため、

医学知識だけで勝負する医者は今後要らなくなるかもしれません。

 

 

ではどんな医者が必要なのでしょうか。

 

Diamond Harvard Business Review 〜機械といかに向き合うか〜は、AIと人間の棲み分けについて言及しています。

 

https://www.amazon.co.jp/人工知能―――機械といかに向き合うか-Harvard-Business-Review-DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部/dp/447810090X

 

 

人工知能の出来ない事として8つ触れています。

1意思がない

2人間のように知覚できない

3事例が少ないと対応できない

4問いを生み出せない

5枠組みを作れない

6ヒラメキがない

7常識的な判断が出来ない

8人を動かす力、リーダーシップがない

 

 

詳細は本を読んでいただければ良いと思います。そして医療現場でどんな医者が必要になるかは読者の皆様自身で考えていただければと思います。

 

私自身はまだ研修医ですが、人間性、創造力、柔軟性が必要な気がしています。来年から主治医になれる病院に勤務するためまた考え方が変わっていくのでしょう。

 

 

 

4:人工知能は医者の敵なのか

 

私は人工知能について、つい最近興味を持ち、今となって本を読んだり話を聞いてこうやってブログに書いている訳ですが、最初は人工知能なんて無くなればいいのにと思っていました。特に診断学が好きで、難解な病態を解釈していき原因を明らかにしていくプロセスが楽しくて仕方なかった訳です。多くの医者が自分にしかできない事をして、患者さんと家族に感謝される事に多くの快感を覚えています。人工知能誕生によってそういう部分を自分でなくても成し得てしまう事に『寂しさ』を感じてしまう医者は少なくないと思います。少なくとも私はそうでした。

 

そんな時に、前述したDiamond Harvard Business Reviewに良い言葉が載っていました。

 

”従来のように『現在人がしている仕事のうち、近い将来に機械で早く安くできるようになるものは何か』と問うのではなく

『もっと優れた思考機械が人間をサポートするようになったら、人間はどんな偉業を成し遂げられるのだろうか』という問い立ててみてはどうだろうか。”

 

 

 

有史以来最大の少子高齢化社会を迎えた21世紀日本における問題山積みの医療現場での人工知能の活躍に期待しております。

 

私自身、来年から腎臓内科になり、腎不全重症化予防、緩和ケアをやっていきたいと考えており、人工知能で出来る所は人工知能に任せて、私は人間として人間らしく医療をしていく将来にワクワクしております。

 

人工知能は医者の敵なのか?』と聞かれれば私はこう答えます。 

➡︎『人工知能は可能性だ。』

 

二部作になりましたが、お読みいただいてありがとうございました。

人工知能で医者はいらなくなるのか その1 〜5分で分かる人工知能の現状〜

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最近医療現場でも「人工知能で医者はいらなくなる」という諸説が耳に入るようになってきました。結論としては個人的には人工知能のおかげで医者の仕事(特に内科医)はどんどん増えると考えておりますが、その話は置いといて人工知能が現状でどのような能力がありどう医療現場で使用されるかについて調べてみました。

 

前置きとして私は専門家でもなくただの医者であり、非専門家での調査であるため知識の整合性に関して粗い部分があると思いますが、非専門家だから書ける読みやすさでこの記事を書きます。

 

まず、人工知能が急激に進歩したのはここ10年の話と考えられています。そして世間で騒がれ始めたのが、2011年にIBMのWatsonという人工知能がクイズ番組で歴代王者をコテンパンにしたところから始まります。

 

 

人工知能の力を急激に進歩させたのが、ディープラーニングという技術です。詳しくは本を読んでいただけるといいと思うのですが、粗い例えで説明したいと思います。

 

いきなりですが私は天然パーマです。天然パーマーにも色々あります。おしゃれパーマのような天然パーマもあればモジャモジャで汚らしい天然パーマもあります。

従来の人工知能では一つ一つの天然パーマを読み込ませて天然パーマである事を教えなくちゃなりませんでした。この場合人工知能に教えていないような天然パーマ、例えばもじゃもじゃなのにおしゃれな天然パーマ、ひたすら右にまがる天然パーマを天然パーマと認識できませんでした。

 

しかしディープラーニングを使用すれば、おしゃれ度100の天然パーマからおしゃれ度10の天然パーマ、モジャモジャ度100の天然パーマからモジャモジャ度10の天然パーマをとりあえずひたすら無数に読み込ませる事でその特徴を勝手に抽出して規則性を見出して「なんとなく髪がくねくねしてるのが天然パーマなんだな」という事を勝手に見出せるようになりました。

 

人工知能が与えられない情報に対して過去の経験や規則性から推測していく事が可能になった」というのがディープラーニングのすごい所で人工知能の躍進につながる結果となりました。

 

 

その技術が現在、放射線領域で使用されようとしています。2015年にIBMはMergeという300億ほどのレントゲン、CT、MRIの画像解析をしてきた会社を買収しました。

jp.techcrunch.com

 

先ほどの天然パーマのように、人工知能に消化器系の急性疾患である虫垂炎イレウスの画像を大量に読み込ませて異常のあるCT画像をイレウスと認識して私達医師に教えてくれるようになります。

 

まだ開発段階ではありますが、日本では心臓MRI人工知能を搭載したサービスをメディアマートが提供する段階にチャレンジしています。

Watsonを活用したハッカソン、最優秀賞はメディアマートの「心臓MRI自動診断支援サービス」 - クラウド Watch

 

ちなみに画像認識では2015年に人工知能が初めて人間よりも精度が高い事が証明されました。これからどんどん画像認識に人工知能が参入する事は恐らく間違いないと思われています。

 

画像診断に限らず、他の領域でも人工知能が参入しております。2016/6にはアメリカの糖尿病学会が人工知能を使って、糖尿病患者のリスクを評価して健康を促進していく事を表明しました。糖尿病患者の行動パターンやリスクのデーターを大量に集めて人工知能を使って重症化予防に取り組んでいくようです。

 

 

さて、今まで良い事ばかり書いてきましたが、壁も多くあります。先ほど申し上げましたが、人工知能は人間の成長と似たようなプロセスで成長していきます。人間でいう「両親の下で育ち、保育園に行き、小学校に行き、中学校に行く」というようなプロセスで人工知能を育てていかなくてはなりません。保育園に行く前の子供に大量の医学論文を読ませても永遠に理解できないのと同様に、人工知能にもある程度の教育機関が必要です。いくらディープラーニングが優れているとはいえ、人間の医学の世界で例えると医療の言葉がある程度分かるようになる国家試験後の医学生ぐらいになるまでは地道なつまらない暗記が必要です。その段階を超えると人工知能は一度覚えた事を二度忘れない1日何十冊の参考書と何百本の論文を読む無敵なスーパードクターに変貌します。

 

 

まず、言葉(日本で使うなら日本語)を覚えさせて、医学用語を覚えさせて、統計なら統計特有のルールも教えなくてはなりません。まだまだ人工知能の現状は「赤ちゃん」のような状態なのです。

 

 

2016年に白血病の治療を人工知能で行った例が東大で報告されました。

 

yomidr.yomiuri.co.jp

 

 

これは遺伝子解析に特化した人工知能を使用した一例になるわけですが、この人工知能はある種、遺伝子に関する情報にのみ対応できる人工知能なのだと思います。遺伝子に関して私は詳しくありませんが、この領域は「揺らぎ」が少ない領域なのではないかと考えております。

 

この「揺らぎ」というのは、例えば、「頭がいたい」というが日本語で「頭痛」という意味であったり「悩む」という意味であったりすると同時に、また「頭いてぃー」という若者言葉でも表現できたりする側面の事だと思われます。

 

 

人工知能が本気で医者の仕事の代わりに対応するためにこの「揺らぎ」を大量に暴露する必要があります。そしてその暴露の前に誰かが教育しなくてはいけません。

 

3歳ぐらいの子供は花を指さして「これなーに?」という疑問を親にぶつける訳ですが、人工知能はその疑問を持つ事も質問をする事もできないため、一つ一つ初期段階では誰かが教育しなくてはなりません。

 

(そう思うとディープラーニングの次の革命的な技術は「好奇心」や「質問力」なのかもしれません)
 
 やはり人工知能が医者の代わりになるのはだいぶ先にはなりそうです。(違う記事で詳しく医者の仕事と人工知能の役割について触れたいと思います。)
 
 
 
さて、Antaaというベンチャー企業IBM人工知能がWatsonを使った医師の診療サポートサービスを今後展開するようです。

 

 

Antaaは現在、スマートフォンアプリを使って、そこに登録された医師達のコミュニケーションの場を提供しております。(試験段階です。)臨床の現場で困った事を気軽に投げかけると、登録している医師の誰かが答えてくれる場で、例えば「鎖骨骨折は入院適応ですか」という質問を内科の医師が投げかけると、整形外科の医師が「入院する適応は・・・。」という風に教えてくれます。

 

専門家にとっては当たり前の事が、非専門家にとって難しい事が多々ある医療現場においてこのような気軽に聞けるプラットフォームがあまりなかったため私も愛用してます。

 

ちなみにアドバイスに対してそれを目の患者に患者に還元するかは自己判断です。あくまでインターネットや論文の情報を参考に私達が判断していくのと同じです。

 

このプラットフォームを人工知能watsonは上から覗いています。医師と医師の間で行われるコミュニーケーションを元に、パターンや規則性を見出して、頻回にされる質問に関しては即座に答えてくれるようになります。先ほどの鎖骨骨折の質問を他の誰かがした時は即座にWatsonが答えてくれます。

 

 

上手くいけば医師達の質問とともにAntaaのWatsonが育っていき、いずれはあらゆる質問に即座に答えてくれるようになります。イメージは物凄い天才医師の力を借りながら現場の生身の医師が判断していくような診療スタイルになっていくと思われます。

 

 

まだ赤ちゃんのWatsonを医師達のプラットフォームを通じて育てていくイメージです。私はこのサービスが浸透すれば、間違いなく医者の診療スタイルは変わると思います。

 

 

しかし、それでも私は冒頭でも医者の仕事が人工知能に代えられるような事は当分無いと思います。むしろ増えるぐらいだと考えています。その事については次回の記事で触れたいと思います。

 

korokorokoro196.hatenablog.com

病院の赤字を防ぐために必要な考え方

最近、保険制度、医療政策について勉強している。その中で病院経営について考える事が多くなったためすこし頭の中をまとめる意味で一つ記事を書いてみようと思う。

 

 

 

全国の病院はどこも赤字で経営に苦しんでいる。基本的に病院の支出の5-6割は人件費で消えていく。病院の赤字の解消のために人件費を削る事は常套手段であり、その一環として残業させたり、時間外労働を強いるのは経営上非常に有効な手段であると私は考える。

 

 

こうなってしまうのは止むお得ない背景が存在する。

 

 

病院のお金の流れを大まか考えると

 

収入=『患者単価』×『患者数』

支出=『材料費』+『人件費』

 

と考えてよいだろう。

 

『材料費』→消費税上昇

『患者単価』→医療費削減

『人件費』→社会的に医療者不足であり、売り手市場である。

 

 

この社会背景から病院経営は現在とても苦しい状況にある。 そのしわ寄せは残業や時間外労働という形で医療者に押し付けられる。

 

 

 

 病院が儲かれば、人を増やす事が出来る余裕が生まれる。すると残業や時間外労働の負担が減っていき離職者も減り、また子持ちの医療スタッフが働きやすくなることでより人数が充実していくだろう。

 

 

更に病院が儲かればより多くのスタッフを雇う事ができ、診療の効率を上げて待ち時間を減らす事ができる。すると患者の病院に行く沸点が下がり、より多くの疾患の早期発見をする事ができ、予後が比較的悪くない状態で患者さんの治療を開始する事ができる。これは医療費の観点から社会的に非常に意義がある。

 

 

 

経済でお金に余裕があり、高齢者が少なかった昔と違い、状況が厳しくなった今、『病院は金じゃない!』とか『儲けちゃいけない!』というのは全くの理想論であると思う。その理想論の被害を被っているのは、患者さんであり、医療者であり、社会であるという考えをある程度は持つ必要はあるのではないかと思う。

 

 

病院経営の重要性は今後の日本のためにしっかり考える必要がありそうである。今回は自分なり解決策を考えていこうと思う。

 

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現段階で一番アプローチをかけやすいのは『患者数を増やす事』だと思う。これを分解すると

1効率を上げて時間あたりの医療の提供を増やす事=『生産性』の増加

2医療の質を上げて評判を上げる事=『質の向上→評判の向上』

と考えてよいだろう。

 

 

1『生産性』の増加

この課題の答えは、『選択』と『集中』にあると思う。

 

実際働いてみて思った事は病院では『何でも屋さん』が評価される。しかし、その風潮のせいで効率がかなり下がっている。入院計画書を書いたり、患者さんの搬送を医師がすると良い医師だと言われスタッフからの評判が上がる。しかしこれは非常に勿体なく、病院は基本大半が医師の診療行為によって利益を上げる事が出来るため、医師じゃなくても出来る仕事は他の人に極力任せて、どんどん診察したり、検査したり、処置をした方が、結果職員の給料も上がり、新規の職員を雇えて負担を減らす事が出来るはずである。

 

 

これはもう一段マクロに考えても同じ事が言える。例えば病院の方針という観点から考えてみよう。

 

 

病気に対するアプローチには4つの段階がある。

 

『予防』→『検査、診断』→『治療』→『慢性管理』

 

 

『医療戦略の本質』では総合病院を始めとした多くの病院ではこの4つの段階に対してのアプローチを一つの病院が全て行う事に対して効率の悪さを指摘している。例を挙げて具体的に言うと

 

・診断が付いていない人に対して、ゆっくりと全身検索してしっかり検査を行い診断をつけるという段階

 

・診断が付いている人に対して、手術や抗がん剤、透析を行う段階

 

・リハビリや社会復帰を促す段階

 

を一つの病院が担おうとすると、あれもこれも用意しなければならないから設備投資に物凄くお金がかかる。そのくせ人を雇う財力もないため、一人の医師が様々な範囲の作業を行わなければならないため効率が上がらない。

 

 

 

対して仮に、『私たちの病院は診断の付いた患者さんに対しての治療に特化します』と病院側が打ち立てる事が出来ると、CTは今までよりは少なくて済むし、放射線技師の数も少なくて良い。医師は初診の負担が減るため、手術や内視鏡などに集中できる。毎日同じような処置をすると一週間に一回程しかしない処置とでは、質、時間が格段に変わる。患者さんもこの病院に行けばこの治療を受ける事が出来ると分かりやすい。地域の開業医もこの疾患はこの病院に送ればいいと分かりやすいため連携も上手くとれる。『競合』→『協力』に変われば、情報開示もより行いやすく検査の二度手間も防ぐ事ができる。各段階を役割分担して、アプローチをかければ、病院一人一人から社会全体にかけて、効率が良くなるだろう。

 

 

 

しかし、実際の病院の形態はどうだろうか。

 

 

大抵の病院の理念が『患者さんのためなら何でも出来ます』といった類の理念を掲げる。 

 

すると必要に迫られる事の少ないサービスまで用意する必要があるため設備投資、人件費がかさむ。

 

 

更に患者さんも、総合病院がどういう病院かが分からないけど、取り敢えず行けばなんとかなるだろうという気持ちでそちらに行きがちになる。

 

 

大学病院のような所に風邪の患者さんが来てしまったり、大きな病院に高血圧のみの患者さんが入院してしまったりする。これは患者さんが悪いのではなく、『その病院がどういう病院か』という情報を病院側が上手く提示できないのが一番の問題ではないかと考える。

 

 

手術が物凄く得意な心臓外科の先生が風邪をみるよりも、総合内科の先生が風邪を見た方がよっぽど質が高く、効率が良いのではないかと思う。

 

 

 

効率を上げるためには『選択』と『集中』が必要であるだろう。そしてできない事は綺麗に他の病院に任せる事は今度の病院経営に必要な考えになるだろう。

 

 

2『質の向上→評判の向上』

実はこの話は1と非常にかぶる。医療の質を上げるのは医師の効率も関係するが、それ以上に患者教育に依存する部分が多い。退院した後、どういった事に気をつけて生活するべきなのか、もし何かが起きた時にどのような社会的資源を利用するべきか、そもそも自分がかかっている疾患はどういう疾患なのかを患者さんが勉強する事は非常に大切になる。そのために看護師やソーシャルワーカーの質の高さはとても大切である。不安を取り除き、患者さんの悩みを聞き、アドバイスを与える事は看護師さんの得意分野である。

 

 

 

そうなってくると看護師さんやソーシャルワーカーの自分が勤務している病院の位置付けに対しての理解は非常に大切になる。

 

 

手術後の患者さんに対するアドバイスと慢性期の患者さんに対するアドバイスは違う。どちらかに特化されていた方が理解を深めやすい。

 

 

自分がスタッフとして何を求められているか医療者として何を提供する事が求められているがわかった方が働く方も働きやすいだろうし、質も上がる。

 

 

結果、評判が上がり『患者数』が増えるだろう。

 

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オペレーションシステムで名声が高いのは我々が馴染み深い『トヨタの分業制』である。一つの車を作るのに、ドアの取り付けの名人、タイヤの取り付けの名人、設計の名人にその仕事を特化させて取り組みをさせるオペレーションシステムは学ぶ事が多くあると思う。

 

 

 

こうやって発言すると『人と車は違う!』と怒られてしまうが、『違う事を指摘する』の同時に『似ている部分を見つけ出す事』も必要なのではないかと思う。

 

 

 

とりあえず病院経営について、最近学んだ事を書いた。実際の経営はこんな簡単な話ではないと分かりながらも、とりあえず基本的なところをざっくりまとめてみた。

 

 

他にも混合診療や保険制度については違う記事について書こうと思う。

 

とある研修医の見解 〜研修医と一緒に被曝について考えましょう⑤〜

 基本的にこの記事に続編になります。まずはこちらから読んで下さい。

 

korokorokoro196.hatenablog.com

 

上記の記事で他のエネルギーと原子力を比較した上で、健康、経済という側面から研修医として考えていきました。この二点から考えると、原子力発電は他のエネルギーより優位性がある印象があります。

 

 

しかし今まで記事では健康と経済という物差しでしか考えていないため、もっと文学的視点、倫理的視点を議論に組み込まないといけないことを自負しています。特に倫理的な視点に関しては私は医療者であるため、一歩人より踏み込む必要があると思います。この記事は今までと違い、事実よりは見解を中心に綴り、更に私のような素人が原子力を語る事が本当に許される事なのかを始めとした葛藤を綴っていきたいと思います。

 

 

 

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仮に、原子力発電に舵を切ったとして、発電所が建つのは比較的貧しい地方の県になると思います。原子力の難しい側面は誰かが危険に晒されながら生活する事によって多くの人に恩恵が回るという構図にあると思います。火力発電は皆の恩恵は皆で、皆の害は皆で被るため、比較的平等です。エネルギー問題で格差を生んでしまうのが原子力の難しい側面です。そのため、お金が無い地域に原子力を作り、危険に晒して暮らす事でそこに報酬を払う事という構図はいずれ原子力依存の構図を生み出します。

 

 

原発が存在する地域の人達は自分は自分の故郷に誇りを持てるのかは、全く予想がつかないし、一つの事故でその土地が何百年、何千年引き継いできた土地の文化や伝統を損なう事に対して軽視できない。

 

 

所詮僕は、都内のクーラーが付いたカフェで、経済の恩恵を受けながらこの文章書いているに過ぎず、事故当時に必死に被害防止に動いた現地の技術者、現地の人達に全く頭が上がりません。言葉の重みが数段違いです。

 

 

都内の評論家も、原発反対論者も、至るところでデモをしている人も所詮部外者なのです。僕はそういう人たちに懐疑的になってしまう部分がありながら、それすら評価できません。

 

 

所詮、現場に出たばかりで少し、原子力について勉強しているただ素人にしか過ぎない訳で、現地で日々を一生懸命暮らしている人や、現地で必死に医療活動をしている人に比べたら何の覚悟も無い、ただの口だけ人間に過ぎない訳です。

 

 

ただ、何も言わないと結局タブー視し、過去の教訓から何も学ばず、同じような悲劇を繰り返してしまいます。

 

 

だから、今まで書いた4つの記事を書くにあたって以下の事を留意しました。

 

▪︎自分の得意分野、専門分野を中心に触れる。

▪︎基本的に自信を持って説明できない部分は書かない。

▪︎原子力は正しいか正しくないかは言及しない。(=自惚れない。)

 

 

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1941年中旬、日本中の世論が第二次世界大戦への参戦を望んでいました。

1941年12月、真珠湾を攻撃でアメリカ軍に対して大打撃を与えたというニュースを日本中に飛び交いました。日本中が歓喜に包まれました。

 

当初戦争に反対の姿勢を示した東条英機首相は軍部、外交などを始めとした様々な方面と擦り合わせをしていました。総力戦研究所がアメリカと戦争した時のシュミレーションでは敗北する可能性が濃厚であるというデーターが出ていたからです。

 

しかし、世論を始めとして様々な要因が東条英機の思惑と違う方面に物事を進めてしまいました。当時、『空気』『感情論』が日本を支配していました。

 

 

結果、真珠湾攻撃で歓喜に沸く日本人を見て、政治も戦争の旗を振る事を決意しました。結果、何百万人の人命が亡くなりました。東条英機は戦争始めた人間として私達の歴史の授業でも取り上げられます。

 

www.amazon.co.jp

 

 

これは事実かどうかはわかりません。とある作家が書いた、一意見かもしれません。それを判断するに値する私の能力、教養は圧倒的に足りません。しかし、民主主義国家である以上、政治を決めるのは国民であり、政治的判断は国民の判断であると思います。

 

 

過去の日本の分岐点、特に選択ミスをする時は特に『論理や現場把握』より『感情論や空気』が先行する傾向にあります。

 

www.amazon.co.jp

 

私はなんとなく、原子力発電に対する現在の議論も似たような空気感、印象を受けてしまいます。

 

 

かくいう私の文章にも多くの感情論が存在します。理論と現場をしっかり捉えつつ、その中にも無機質ではない情報を受けてに与えたいと思い、少し感情論になっている部分もあります。

 

 

 

オンラインでの書き手は人も自分も傷つける可能性を秘めている事を自負すべきと考えております。私は炎上ビジネスが嫌いです。極論を書けば書くほど、敵を作るような記事を書けば書くほど、その人の記事のPVは伸びて知名度は上がるでしょう。けどそんな記事に本当に価値があるのかに対して私は懐疑的です。

 

 

原子力の話は炎上しやすい話題の一つです。原子力の話をして、生計をたてようとする人はすぐに自分の記事を燃やします。結果、原子力に関してWebで調べると訳のわからない情報で溢れかえっています。

 

 

 

だから色んな言葉を選んで書いてみました。結果読み返すと未熟であり、情報量も乏しく、教養も足りない自分に唖然としながらも、それでもこの記事はしっかり公開しようと思い公開に至りました。

 

 

まだまだ未熟でこんな大きな壮大な話題に言及するには勉強不足に尽きますが、一つ何らかの一歩になればと思います。

 

 

 

放射線科の研修も終えて、次回は救命を回ります。かなり激務ではありますが、時間を作って救急医療について言及できたらと思います。では。

参考

・Background radiation and cancer incidence in Kerala,India-Karanagappally cohort  study ~Health physician 2009~

放射線科医が語る被ばくと発がんの真実 ベストセラーズ

チェルノブイリ20年の真実 日本原子力学会誌49巻1号

・the chernobyl, UNSCEAR’s Assessments of the radiation effects,’UN scientific committee 2008’

・東日本放射線衛生調査

反原発不都合な真実 新潮社

放射線医学総合研究所HP

ICRP報告書 HPより

広島大学原爆放射線医学研究所

・UNSCEAR HPより

ICRP HP より

IAEA HPより

チェルノブイリ事故25年 ロシアにおける影響と後遺症克服についての総括および展望1986年ー2011年 ロシア政府 政府報告書

 

エネルギー問題と原子力発電 〜研修医と被曝について考えましょう④〜

今まで以下の3つについて触れました。

korokorokoro196.hatenablog.com

korokorokoro196.hatenablog.com

korokorokoro196.hatenablog.com

 

現在、日本では70%程度を火力発電で、30%を原子力でまかなっています。ちなみに風力とか地熱発電などは1%程度です。

 

 

 

仮に原子力発電を使用しないという選択をした時、私達が取れる極端な選択肢は

1節電する。

風力発電地熱発電を30%まで増やす。

火力発電を100%まで増やす。

の三つです。

 

この選択肢に関して考えていきましょう。

 

1節電する。

私達の潜在的なイメージでは、自然の中で暮らした人達(=つまり経済による恩恵を受けない人達)と都市部で暮らした人達を比較すると自然の中で暮らした人達の方が寿命が長いイメージがあります。

 

しかし、実際は真逆であり、経済力が強く、その一例として一人あたりの医療費が高い国程、平均寿命が長いという事実があります。

 

悲しい事かもしれませんが、一般的にお金があれば健康であり、お金が無ければ健康になれないのが実情です。

http://aje.oxfordjournals.org/content/173/2/192.full

http://www.oecd.org/els/health-systems/49105858.pdf

 

国家として考えた時、多くの国民の健康守るために経済を強くする、経済成長を促進する事は責務であります。

 

 

仮に国として、節電。つまり必要な電力に対して、供給を抑える事をすれば、電気代は高騰します。そうすると、企業の負担は増します。現段階ではその負担はリストラや人件費カットに流れる事でしょう。

 

 

ちなみに病院一つで考えてみても、医療費を削減する流れとなり診療報酬が削減。病院の収入が減ります。病院の支出の半分程度が人件費で成り立っている以上、人件費カット、時間外労働へ向かい過労、ストレスが増し、医療者の生活習慣が乱れます。こういう所まで予想してみると節電という選択肢は、ある程度は必要かもしれませんがかなり現実離れしているし、賢明な選択肢ではないと思われます。

 

風力発電地熱発電を30%まで増やす。

 

仮に原子力発電1基停止させると、東京の山の手線内を全てソーラーパネルで埋める必要があります。つまり、その圏内の生態系は破綻します。ソーラーパネルに使用されるカドミウムは小学校で習うイタイイタイ病の原因物質であり、その健康被害も懸念されます。どんなエネルギーも生産すると必ず害を生みます。常に、low risk high returnの考え方を捨ててはいけません。

 

 

このように自然エネルギーを考える上で、設備建設時の事故のリスクやエネルギーの不安定さから生じるリスクも考えていかなければなりません。また大量の金銭をつぎ込んでエネルギーを生産してもシワ寄せは医療費や教育費を始めとした他の業界に寄せられます。

 

 

風力発電については上記のエネルギーの効率の悪さに加えて、主に下記の3点が弱点とされています。

◼︎安定しない供給によりピーク時は電線が耐えきれず電力を捨てる事になる、ボトム期は停電する。

◼︎風力の発電による低周波などの騒音がそもそも嘔吐の原因に繋がるとの報告あり

◼︎野鳥の殺戮により生態系が崩れる

 

ちなみに風力発電に踏み切った国としてドイツとスペインを例に挙げる事が多いのですが、ドイツでは電気代の高騰が止まらず、更に2006年の11月に1500万世帯の大停電を起こしています。(冬の停電は脳疾患や心筋梗塞に繋がったのではないかと考えてしまいます。)スペインでは、ピーク時やボトム期には隣の原子力発電で電力をまかなっているフランスから電力を受け入れています。

 

 

自然エネルギーは上手く使用できれば、素晴らしいエネルギーになる可能性は秘めているかもしれません。ですが、現段階で明らかにhigh risk low returnです。その結果、日本でもシェアは1%も満たしません。諸外国を見てもほとんどの国で失敗に終わっています。

 

 

 

火力発電を100%まで増やす。

結局、現段階でこの選択肢が一番現実的な選択肢になっています。しかしこの選択肢にも大きな穴があります。特に以下の2点。

 

◼︎そもそも火力発電は原子力発電に比べて500倍以上の人命を犠牲にしてエネルギーを生み出す。

 

まず、一番考えなければならないのは、大気汚染による死亡者数です。WHO2009年は日本における大気汚染による死亡者数は年間3-5万人と発表しました。例えば喘息やCOPDなどの呼吸疾患したり、心臓発作の一因になり、それらの様々な原因を総括した結果、日本のみで3-5万人死亡するとされています。

 

しかしあまり直接的でないためピンとこないのが、私の感覚でしたが直接的な一例を出すと、鉱山で働く人達は小さな粒子を吸い込んでしまい、結局じん肺という呼吸器疾患になりやすくなります。平成14年には年間1000人以上の死亡者が確認されています。

 

 

更に大きくみると石油を巡った戦争で多くの人がなくなります。このような計算を総括すると火力発電は原子力発電に比べて500倍以上の人命を犠牲にしてエネルギーを生産します。ウラン採掘のためには人力は極端に必要なく、インシチュリーチング法というポンプでの汲み上げを使用します。また資源に対するエネルギー量が数百万倍以上あるので、そもそも効率が良過ぎます。

 

 

原子力発電は事故の可能性が低いが、起きると大事故になる。

火力発電は大きな事故はあまり聞かないが、ジャブのように多くの健康を蝕む。

(油田事故や石油タンカー事故を考えると大きな事故がないというのも、疑問が残るがあくまでイメージ上の話です。)

 

というのが、ざっくりとした結論だと思います。

 

 

◼︎シェールガスによるアラブとアメリカの談合

 

アメリカでシェールガスが生産されるようになり、資源を自国でまかなう事が可能になるというのが専門家達の大方の予想だそうです。

数十年前から、アメリカはアラブと戦争や経済的な争いを繰り返していますが、大きな対立軸は『石油を高く売りたいアラブ』と『石油を安く買いたいアメリカ』という構図が一因を担っていた事が考えられる。(あくまで一因にすぎないと信じています。)

 

 

しかしシェールガスの誕生でアメリカが石油を必要としなくなった。むしろ、経済的な事を考えると、中国や日本、ドイツに石油にかける負担を増やして、自国の製品との価格競争において有利に進めたい気持ちがあると思います。

 

 

つまり、アメリカも石油の値段を上げたいと思うのは普通に考えれば分かると思います。(政治の深い所はわかりませんが、自然に考えればという意味。)アラブという資源を武器にした政治力とアメリカという政治力がどう世界を影響させていくのかはこれまでと違う話しになっていきそうと予想できます。

 

 

ソースは不確かであり、明かす事は出来ないのですが実際そのような動きがあるらしく、特にドイツでは自然エネルギーへの転換を再び議論する流れになっているそうです。

 

 

日本が持つ、原子力という選択肢には高い技術力が必要であり、アジアのこれから発展する途上国に簡単に導入できない選択肢になると思われます。そういう国は現段階で火力発電を使用し続けるしかないのに需要は増え続けてドンドン石油の値段は高騰すると思います。

 

その土俵にあえて、立つ必要性があるのかは私は疑問です。何度も触れますが、人々の健康を守るのはまず経済力だと思っています。それが大前提です。その法則に反した国はキューバぐらいしか私は知りません。(←いつか記事書きます。)

 

 

 

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この記事では極端な3つの選択肢について触れました。勿論、この記事では健康と経済という物差しでしか考えていないため、もっと文学的視点、倫理的視点を議論に組み込まないといけないことを自負しています。

 

特に倫理的な視点に関しては私は医療者であるため、一歩人より踏み込む必要があると思います。

 

 

次の記事が最後の記事になります。今までと違って、個人的な見解も含めたとある研修医なりの考えを綴っていこうと思います。

 

korokorokoro196.hatenablog.com

広島・長崎から考える被曝 〜研修医と被曝について考えましょう③〜

放射線について語る上で切っても切れないのが広島・長崎の話です。私は小さい時から歴史が好きで原爆についてはかなり興味があり母親に広島に連れてってもらいました。その時の衝撃は未だに忘れません。

 

 

 

あれから15年以上経ち、医者になり放射線について調べることとなり、小さい時の刷り込みのみでは見えなかった世界が再び見える事がありました。

 

 

 

福島の原発事故で未だ多くの人が痛みを伴う被害に合い、それでも今後原子力と向き合っていかなくてはならない現状に対して逃避する事なく真剣に話を前に進めるためにはやはり過去の悲劇を分析する必要があると思います。

 

前回までの記事はコチラ。

korokorokoro196.hatenablog.com

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今回の項目は以下の3つ 

1実際どんな健康被害が存在したの?

2隠されたもう一つの真実

3原爆と原発の違い

 

1実際どんな健康被害が存在したの?

小学校の時、担任の先生が『裸足のゲン』を教室に置いてくれて私は手に取り子供ながらに色々考えたのを今ふと思い出しました。皮膚がただれた小さな子供、あまりの熱傷で耐え切れなくなり川に飛び込んだ親子。原爆の悲惨さを物語る描写は衝撃的でした。

 

しかし、あくまでその私の感覚はあくまでイメージであり、感情論であります。だから実際のデーターについて今回は分析していきます。

 

戦後、世界中の研究者が広島・長崎に入り健康被害について研究しました。

 

 

爆心地では10万mSvだったと考えられています。私の前の記事で100mSvで健康被害が出始めて、4000mSvで半数の人間が死ぬと言われています。爆心地500m以降は200m毎に被曝量は半分になると言われているため、この4000mSv以下になるのは1.3km地点と考える事ができます。健康被害が出始める100mSvは爆心地より2.5km地点程度と考える事が出来ます。

 

原爆で放射線の被害をもろに受けるのは爆心地約3kmの人達だったと考える事が出来ます。

 

広島市は当時人口35万程度で、10万人以上に人が亡くなったと言われております。爆心地約3kmに10万人の人が存在する訳もなく、結論原爆の一番の死因の原因は『爆風』と『熱傷』と考えるべきでしょう。

 

まず忘れがちなのがこの点で『放射能』、『放射能』と被曝に対して極度の恐怖感を覚えがちですが、一番怖いのは『爆風』と『熱傷』です。

 

(思慮深さに欠ける、私は皮膚がただれたりするのは被曝のせいとか考えがちでしたが、よく考えればこれも『熱傷』が原因です。)

 

ちなみに、人間が半分死んでしまう4000mSv以上の領域にあたる1.2km以内の死因の内訳は爆風による外傷20%、被曝20%、熱傷60%でした。

 

 

 

発癌については、確認された事は以下の2点

①100mSv以上の被曝でリスクが上昇する事

②子供の白血病の発症数は数倍に上昇する事

 

逆に確認されなかった事は以下の3点

①親が被曝している時の遺伝的影響

②100mSv以下の被曝での発癌のリスク上昇

③原爆投下時は広島におらず、その後帰ってきた人達の被曝による健康被害

 

です。

 

今までの私の記事もこの事実とチェルノブイリの調査を元に作成された論文などから引用しております。

http://korokorokoro196.hatenablog.com/entry/2015/09/25/105528

 

 

2隠されたもう一つの真実

仮に原爆が爆発後数年経っても、人類の健康に与えると仮定すると現在の広島の平均寿命は他の都市より低くなっているはずです。

 

ところが、広島市の女性の平均寿命はなんと日本一です。これには一つカラクリがあると考えられます。

 

戦後、広島市長崎市民を始めとして被曝した多くの人達に『被曝手帳』というものが配布されて、無料で医療を受ける事が出来るようになりました。それにより医療のアクセスが簡単になり、早期発見、早期治療を行う事が出来たためと考えられています。

 

また、特筆すべき事は、『誰も避難しなかった事』です。チェルノブイリの記事でも申し上げましたが、被曝そのものより、被曝により避難を余儀なくされて、コミュニティーを失い、ストレス、精神的負担によりアルコール、飲酒、食生活の乱れの件数が増えて寿命が低下するという報告されています。チェルノブイリでは平均寿命が5年以上短縮したという報告がされております。

 

 

3原爆と原発の違い

原子力に関しての私達にとっての最大の関心事はやはり福島でしょう。無知な私は福島の原発事故はまるで『福島に原爆が落ちた』のと同じような印象を受けました。

 

 

結論から言うと、原爆と原発は全く違います。言葉が似ているためセンセーショナルになってしまいがちですが、その違いを明らかにする必要があります。

 

まず、原子力といえばウランですね。中学の時にやりました。ウランは様々な同位体があります。自然界に存在する99.3%がウラン238です。残り0.7%がウラン235です。自然界に存在するという事は安定している状態と言う事ができます。自然界の多くの物質は安定している時にエネルギーを多く持たない状態になります。反対に不安定な状態な時は多くのエネルギーを放出して、安定した状態になろうとします。

 

これがウランにも当てはまり、人為的に安定したウラン235中性子をぶつけてウラン236にすると急に大量のエネルギーが発生します。(厳密にいうとここから核分裂が起きます。)

 

これがざっくりした原子力のメカニズムと言えます。

 

 

 

原子力爆弾を作るためには、自然界に0.7%しか存在しないウラン235を遠心分離して濃縮される必要があります。イラク戦争の時にアメリカにイラクが指摘されいたのはこの遠心分離をする施設を作っていないかという点です。

 

 

原子力発電においてはこのウラン235の濃縮が原子力爆弾よりも圧倒的に低いため、仮に爆発しても同じようなエネルギーや放射性物質を生みません。

 

 

『福島に原爆が落ちた』のと同じような印象を受けたという私の感覚はもはや感情論でしかなかったようです。

 

 

 

 

さて

1実際どんな健康被害が存在したの?

2隠されたもう一つの真実

3原爆と原発の違い

の3点について触れました。

 

 

私達の先祖が、受けた戦争最大の悲劇について今回分析を行いました。実際、このような形で調べたのははじめてで新たな発見が多かったです。

 

 

歴史というのは、勝者が作る物というのが私の考えです。第二次世界大戦で日本は負けました。歴史は勝者が作るとすれば、アメリカによる原爆投下は歴史的に正義だったとされます。これについて賛否両論はあると思います。

 

しかし、この議論は決着が着かないでしょう。おかしい事はおかしいと発言する必要性を認めた上で、感情を捨てて、過去事実から学ぶべき事はしっかり学ぶ必要があると思いました。

 

 

医療の現場では放射線治療、放射線検査など様々な方面で放射線のテクノロジーが使用されています。しかし、多くの医師(私の周りに放射線について説明できる人はあまりいませんでした。)はその放射線の扱いについて勉強する機会をあまり与えられてないと思います。日本という歴史上、放射線に関してセンセーショナルになる国で医療をしており身近であるにも関わらず、正しい情報を処理できないのは役不足な気がします。

 

 

もし仮に、日本中の医師が福島の原発事故の時、この記事で書いてあるような広島・長崎の事実をもとに説明が出来たら、防げる何かを防げた気がします。

 

 

と思うと、先祖が受けた悲劇から結局何も学んでないのではないという自責の念が生じました。

 

 

原発事故についてコメントすると多くの批判を受けがちです。『現地の人間の気持ちを考えろ』とか『無責任な事を言うな』とか四方八方で叩かれてしまいます。

 

その批判はある種正解であり、原子力工学に関して、全てを説明できるデーターがこの世の中に存在しないため(広島、長崎、チェルノブイリ、福島ぐらいしかない)、全てのコメントや理論が不正確であり、もしかすると自分の理論が間違っている可能性も高いため、言及しづらいと思います。

 

 

しかしながら、私達の身の回りにはすでに存在しており、更に原子力工学は世の中の様々な問題を解決し得る力を秘めています。

 

 

そう思うと、過去からしっかり学び、しっかりと考え持つ事はとても大切な気がしました。

 

 

少し長くなりましたが、次はこの流れで原子力は本当に必要なのかという点に言及してみたいと思います。

 

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