千葉県の腎臓内科医のブログ

透析医療の現状を疑問に思い腎臓内科医になる事にしました。

看護師と仲良くなる事の大切さ

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研修生活が始まって2ヶ月が過ぎようとしている。

多くの研修医が症例をこなす事や手技をこなす事を目標にする中、私は卒業前から決めていた少し人と変わった目標を立てる事にした。

 

『病棟の看護師さんと仲良くなる事』

 

こんな事を言うとチャラチャラしているとか言われるのが面倒くさいからあんま言わなかったが、友人のDeNAの子に自分に対しての人事評価の仕方を学んで少し取り組んでみたりした程それなりしっかりと目標と立ててみた。

 

 

学生時代に実習に回って、医師と看護師の仲の悪さに唖然とした。エレベーターでは医師が看護師の悪口を良い、看護師が医師の悪口を言ってるのを聞いて、非常に気まずかった。

 

 

将来、病院経営をやってみたいと思った時に、今の医療制度上、医療現場に労働と報酬のバランスを見合わせる事は現実的に不可能であるからこそ、仲の良さとか、楽しさとか、やりがい、そういうよく言えば付加価値、悪く言えばふわふわした物を経営者になるならしっかり現状として捉えておく事が非常に大切だと考えている。

 

僕の考えの中で医療現場がある種ブラックなのは止む終えない職場である事を現実として受け入れており、それを間違いだと思う人がいるのであれば是非政治の世界に力をかけて欲しい。

 

 

取り敢えず、なんで仲悪くなるのかを知りたいと思った。数ある要素の内一つ触れる。

 

知っているようで知らないお互いの業務。

 

同じ病院に務め、同じ患者さんを相手にしている以上、一般人からしたら同じような業務しているように見えるだろう。実際、医学生の時の僕ですらそう思っていたくらいだ。しかし、研修医になると医師の仕事と看護師の仕事は全然違う事に気付いた。仕事っていうのは業務の事も当てはるが、それ以上に何に価値を置いて仕事をしているのかとか、何を自分の学問としてのベースにして仕事をしているのかという部分の違いは驚く程である。

 

 

また、医師が看護師の仕事をする事もなければ、看護師が医師の仕事をする事も少ない。

 

例えば、点滴をする際に注射を入れる→液体の入ったボトルから出てる管を注射と繋ぐ。という作業がある。正直、一人でも簡単に出来る事だが、実際の現場では医師が患者さんの部屋まで行って、注射を入れる。それが終わったらわざわざ、担当の看護師さんを探して電話なり、呼び行くなりして管を注射に繋いでもらうようにお願いする。

 

なんでそんな事をするかというと、注射を入れた時間などを記録する必要があり、事細かな記録を病院では看護師がやっている。その記録の仕方を医師は知らないから勝手に点滴を始める事が出来ない。少なくとも研修医なりたての自分より看護師さんの方が病院のルールや作法を良く知っているため中々、臨機応変に行動できない。

 

 

こんな小さな事でも、こんなに差がある。差がある事を取り敢えず説明した上で違う話に触れる。

 

 

この前大学時代から仲の良かった今年看護師になった友人と飲んだ。実はこの看護師は正直、医者の事が大嫌いの看護師である。そんな彼女がこんな事を言っていた。

 

『医者って分かってないなって思う事が多々ある。例えば、熱が出てるのにいきなり効く菌の幅の狭い抗生剤を使い始めて、でこの人の熱がどんどん悪くなって全然良くならないんだよ、考えれば分かる事ない?』

 

恐らく、ゾシンっていう抗生剤を使っていてやや効き始めているのに、年配の方に長期投与して偽膜性腸炎などになる事を恐れて抗菌薬変えたんだろうなーって話を予想し、その話は医師国家試験では頻出の症例であり、でも実際の現場では患者さんにとって悪影響になってしまった例なんだなと思う。

 

 

逆もある。

『この看護師さん、いつも指示出してから行動するのが遅くて検体提出遅れて病棟の仕事終わらん。外来間に合わんじゃん。』

 

しかし、良く見ていると、その看護師さんは認知症の患者さんに一生懸命採血する理由を説明しており、それを誇りにしているような看護師さんだった。その看護師さんからしたら、担当の医師が外来の仕事がある事なんて知らないし、採血の結果が遅くなる事によって生じるロスを知らない。その看護師さんは自分のやるべき事をしっかりやっていた。

 

 

病院の中にはこの類いの不満が一杯存在する。

今までの言い方をすると病院内で働く人は器が小さいのかと誤解を与えるかもしれないし、自分もちっさいなこの人達とか学生時代に思っていたけど、実際自分が働いて小さな不満をぶつけられ(研修医はぶつけられる対象になります。)それが溜まりそれをまた違う誰かにぶつけているという現実を何度も感じた。

 

お互いの仕事や考え方を知っているようで知らない。

そしてそれにすら気付いていないから、

自分の価値観と物差しとで他人を判断してしまう。

 

一年目はまだ何も分からないことを自覚しているからいいが、二年目、三年目になればなるほど慣れてきて、それぞれの仕事や考え方の奥深さを配慮せずあたかも相手の事を理解しているような気がする。少なくとも、時系列の中でそう感じている自分をしっかり自覚している。

 

 

これは自分だけなのだろうか。

 

 

良く意識が高い人達が、それぞれがそれぞれを理解して全人的な・・・・みたいな事を言うのを聞くが果たしてどうなのだろうか?

 

一人の人が何年もかけて積み上げた物をそんな簡単に理解出来るのだろうか。自分達ってそんな凄い人なんだろうか。何か勘違いしてないか。

 

全人的って、数ある学問の内、たった一つの学問もしっかり学べていない一人の人間が、全人的に何か事を動かすなんてとても厚かましい事だとか思わないのか。

 

(誠意を以て、近づける事は大切だが)

 

医師と看護師も一緒で、所詮それぞれの持っている力なんて知れていると思う。僕がどんだけ頑張っても、患者さんの食事介助とか記録、清潔を保つ事、傾聴を行う事は出来ない。実際、病院で一番献身的な仕事をしているのは看護師だと思う。

 

その献身さに僕は価値を見出す事なんて出来ない。そして、そこに価値を見出す看護師の感性は恐らくだが教育や学問の部分に依存するのではないかと思う。

 

昔のブログに書いたが本当に患者さんが笑ってるのは医師の前ではなく看護師の前だと思う。

 

けど、やっぱり僕は看護師の事は分からない。そして分かった気がした瞬間に自分は厚かましい人間になってしまうんだろうなと思っている。

 

 

 

 

色々話が脱線したが、戻すと『病棟の看護師さんと仲良くなる事』を二ヶ月間目標にして何を得たか。

 

 

それは、気にならない事。

 

色々理屈っぽく話をすればどうにでもなるがシンプルかつ根本的なのはここ。

 

例えば、小さい不満をぶつけられても、逆に不満に思っても、その日の朝に一つ冗談を言い合うような仲だったら『まあええっか』ってなる所に尽きる。

 

医療現場には独特の緊張感があり、またそれぞれがそれぞれの職にプライドを高くもっている事が多いため殺伐とする傾向にあるとおもう。

 

一日を生きていて、10%嫌な事があると、その日終わった時に何故か50%ぐらい嫌な事があった気がしてしまう事って誰でもあると思う。

 

また10人いる看護師さんの内1人が自分に理不尽に当たりが強くなると何故か10人の内4人くらいが嫌な人に見えてしまう。(どこの職場にも合わない人はいる)

 

 

それが仲良くなると実際にはわずかしか存在しないイヤな部分も受け流す事が出来るし、受け流せなくても看護師さんと一括りにせず、他の看護師さんを看護さんとしてではなくおもしろい事を言い合ったあの人として見る事によって無駄な気持ちの面での嫌な気分を減らす事が出来る。

 

 

ここまで話をしたが、今自分がいる病院は医師と看護師が物凄く仲の良い病院である。病棟でも笑いながら話をしているし、飲み会も時折だがしっかりしている。だから今回の話は自分の周りでしか起きていない話かもしれない。少なくとも今まで回った実習の病院より笑顔が溢れている気がする。恐らくそっちの方が患者さんにとっても良いと思う。

 

 

今一回文章を読み返したが、所詮、二ヶ月程度働いているだけの自分が偉そうな事を言っている事実に唖然としている。だからお許し頂きたい部分が一杯ある。それを踏まえた上でこの感覚を残したいと思ったからこうやって公開させてもらっている。

 

次の2ヶ月はまた目標を変えて仕事をするが、この2ヶ月自分の中での小さな目標で得た事を一つ今回書き残してみた次第である。